島吉宏被告 宮城県石巻市 震災遺児の遺産で贅沢三昧 叔父の悪行 ベンツ、ロレックス、ハーレーダビッドソン…

2017年3月1日

東日本大震災で両親を亡くしたおい(15)の災害弔慰金や震災義援金などの財産を未成年後見人の立場を悪用して着服したなどとして、業務上横領や詐欺などの罪に問われた叔父で会社役員の島吉宏被告(41)=宮城県石巻市=に仙台地裁(小池健治裁判長)が、懲役6年(求刑懲役10年)の判決を言い渡した。

震災で傷ついたおいを引き取り育てる心優しい叔父―。朝日新聞など一部メディアは“美談”として島被告の動静を繰り返し報じてきたが、その裏ではおいに残されたお金を自身の飲食店の開業資金に充て、その後もメルセデス・ベンツなどの高級車や高級腕時計ロレックスを買いあさり、食事は焼き肉にすしと豪遊三昧。島被告は、おいに残された金額のほとんどにあたる計約6800万円をたった3年間で使い果たした。

 ■「僕が捜しているよ」

平成23年3月、震災から数日後の石巻市の避難所に1人の少年の姿があった。両手には家族の名前を書いたボード。津波に巻き込まれた家族を探し、懸命に歩き回っていた。

島被告のおいは、震災前は石巻市内で両親や祖母、いとこ2人の6人で暮らしていた。地震後、家族で車に乗り込み避難を開始したが、車ごと津波に飲み込まれた。ひび割れた窓からいとこと脱出したが、津波で手が離れた。助けを求める家族の声が遠くなるのを聞きながら気を失い、気が付くと家族と離ればなれになって寝ていた―。

「僕が捜しているよ」

避難所で家族を探す姿が震災から5日後の朝日新聞朝刊で取り上げられた。

約1週間後、両親は遺体で見つかった。

4月、おいは母親の弟である島被告に引き取られ、石巻市内のアパートでの生活が始まった。

しかし、この時すでに、島被告は悪事に手を染めていた。震災で亡くなったおいの母親で自らの姉が、石巻市内で入院中だと偽り、銀行窓口で姉名義の預金通帳を再発行し、約120万円をだまし取った。

おいを引き取った島被告は、仙台家裁石巻支部に未成年後見人の申し立てを行い、調査官の面接などを経て、震災発生から約2カ月後の5月16日、未成年後見人に選任された。

判決文では、島被告がおいの両親がかけていた死亡共済金を受け取るためには、おいの未成年後見人になる必要があると説明を受け、申し立てを行ったと言及している。

■朝日「お答えすることない」

朝日新聞はその後の様子も取材を続けた。記事中にはたびたび、「避難所で家族を探す姿が取り上げられたことをきっかけに、おいのもとへは全国から励ましの手紙、ゲームや漫画などの物資が届けられた」と記された。

手紙や物資だけでなく、寄付金も寄せられた。捜査関係者は「寄付金が集まった一因は新聞報道」と話す。

4月には、手紙を読む姿が報じられた。さらに6月には、オーストラリアの同世代の少年が書いた手紙が首相を通じておいに届いたことが新聞に掲載され、サッカー教室に通い始めたおいの姿も写真で紹介された。島被告は「親代わり」として紹介されている。翌年4月には、来日した少年とおいが交流する姿も報じられた。

注目されたのはおいだけではない。23年9月25日、台風被害で被災した和歌山県那智勝浦町で島被告が泥の除去のボランティアに励む姿が、朝日新聞和歌山県版内で紹介された。3月16日の朝日新聞を読んだ読者から手紙や食べ物などがたくさん送られてきたことについて、「人の真心のありがたさが身にしみた」と話していた島被告だが、その一方ではおいに残された現金の着服を進め、真心を踏みにじっていた。

島被告が犯行に及び始めてからも、その後4回にわたって継続取材をしてきた朝日新聞。取材の中で、島被告の犯行に気付くことができなかったのか。 同社広報部は産経新聞の取材に対し、「取材内容についてお答えすることはありません。また、事件についてのコメントもありません」と文書で回答を寄せた。

■殴る、ける、エアガンで撃つ

未成年後見人は、親権のある親などが死亡した場合、代理人として財産の管理などを行う。生活費以外の目的で財産を使うことは禁じられているが、島被告はおいと自分の財産を区別しないどころか、自身のためだけに使い続けた。おいの2つの口座のうち、1つは家裁に届け出ることすらしないで隠していた。

島被告は高級車「メルセデス・ベンツ」を乗り換えを含めて2台購入。約200万円で大型バイク「ハーレーダビッドソン」は現金で支払った。腕には約300万円の高級腕時計「ロレックス」を光らせた。

震災発生まで宮城県松島町で料理人として働いていた島被告。平成24年に石巻市内に飲食店を開業したが、この開業資金もおいの口座から出ていた。

島被告の知人の50代女性は「みるみるうちに生活が変わっていった。羽振りがいいのだな、と思っていた」と振り返る。

おいには両親の遺産に加え、災害弔慰金や震災の見舞金、義援金に両親の死亡共済金、寄付金と多額の現金が入っていたが、島被告は3年間でそのうち6680万円を散財した。

島被告は「未成年後見人は育ての親という認識だった。使ってはいけないと家裁は事前に教えてくれなかった」として横領したつもりはないと主張していた。しかし、家裁は判決で未成年後見人について説明し、島被告もおいの財産は厳格な管理が必要だと認識していた、と認定した。

当初は学習塾やサッカー教室にも通わせ、学校にも送り迎えしてくれていた優しかった叔父は、次第に変わっていった。

おいに殴るけるなどの暴行を加える。挙げ句の果てはエアガンで撃つ-。

おいは26年、児童相談所に保護された。家裁が島被告との生活状況を調べる中で、被告のずさんな金銭管理も明らかになっていった。

27年1月、家裁からの連絡を受けた仙台地検が捜査を開始し、1年後の28年1月に島被告は地検に業務上横領の疑いで逮捕された。

■「大人として罪を自覚して」

28年12月16日の結審の日、中学生になったおいは裁判に陳述書を提出し、その思いを訴えた。

おいは陳述書で、当時のことを「学校に行かせてくれて感謝し、家族だと思っていた。だけど殴られたりけられたりされ、精神的に持たなくなり、自殺してしまいそうになったので、児童相談所に保護してもらった」と振り返る。

「(横領した金を)学費や塾の費用と言い逃れており、あきれました。私は中学生になるまでお小遣いももらえなかった。おじさんは高い時計を買ったり、すし屋や焼き肉屋に週5回ぐらい行ったりして派手にお金を使っていたが、私のために使うことはなかった」

「善意の寄付金や、共済金、退職金など両親が命と引き換えに残してくれた大切なお金のほとんどを使ったと聞き、許せない。大人としてしっかり罪を自覚し、償ってもらいたい」

■弁護士も間違い指摘

今月2日の判決言い渡し直前、島被告による被害弁済などを巡り審理が再開された。

島被告は所有するベンツ1台を売り払い、弁済の一部に充てたと明かした。それに対し、検察側は「売却を決めたのは12月の前回公判後だが、なぜか」と問うと、島被告は「弁護士に『検察が売るなと言っている』と言われた」と回答した。

その後も、なぜこのタイミングで売却したのかを追及されたが、島被告は自動車売却にかかわった業者とのやり取りを話し出すなど、話をそらし続けた。検察側はたびたび「言っている意味がわからない」と切り捨てた。

その後、島被告の味方であるはずの代理人弁護士が「私が売るなと言ったということか。あなたが(200万円の)売却額に難色を示したからでは」と尋ねると、「弁護士から言われたのではなかったかもしれない」とあいまいな返答に終始した。

約30分の休憩を挟み、島被告に言い渡された判決は懲役6年。判決理由で小池裁判長は「犯行は震災後の混乱に乗じて『火事場泥棒』的に行われた。当時9歳のおいの将来に多大な悪影響を与えかねない」と指摘。「選任当初から横領を繰り返し、飲食店の開業や高級車の購入に充てる傍ら、家裁には虚偽の報告をしていた。被害額も高額で悪質」と断罪した。

震災で肉親を亡くした少年、しかも身内を「食い物」にした犯行。おいが陳述書で訴えたように、法的にも道義的にも到底許されるものではない。


PAGE TOP